角館武家屋敷

青 柳 家

小田野直武


4




神明水の左手に小田野直武の胸像が立っている。小田野家と青柳家は姻戚関係にあり、胸像の付近にかつて小田野家の本家、即ち、直武の生家があった。胸像近くのパネルには、小田野直武の一生がわかりやすく説明されている。






 青柳家と姻戚関係にある小田野直武は、平賀源内に師事し、秋田蘭画を確立。また『解体新書』の挿絵を描き、その名を高めた。西洋の陰影法を取り入れ、後の洋画界に大きな影響を与えた秋田蘭画は、小田野直武と、時の秋田藩士・佐竹義敦によって完成された。
義敦はまた、江戸の秋田藩邸内に歓楽宮を建設。「高みから見下ろす」という最新の視覚を広めるため、幕府が禁じた三層建てドームという形をとったといわれている。秋田・角館の二人の武士が、日本人のものの見方を大きく変える礎を築き上げた。


「秋田蘭画の人々」


「直武、角館に誕生」


「至道館に学ぶ」


「花下美人図」


「源内、秋田へ来る」


「直武と源内の出会い」


「西洋画法を伝授さる」


「産物取立役となる」


「直武、江戸へ上る」


「秋田藩と源内の関係」


「直武、出府の真相」


「解剖付図を描く」


「解体新書刊行」


「画業大いに進む」


「藩主・曙山と直武」


「直武、角館へ帰る」


「久保田城炎上」


「謹慎を命ぜらる」


「無実の罪に服す」


「安永9年5月死す」

「小田野直武秋田蘭画の歩み」 梶 鮎太 画  野村敏雄 文




32歳で死す。
 分かりやすく描かれているが、感動がひしひしと伝わり時代の流れが良く分かる。


4


「1」薬医門 他 「2」蔵 甲冑 他 「3」青柳庵 他 「4」小野田直武 他 「5」角館イタヤ工芸 他


「6」レコード 戦史 「7」武家道具館 「8」幕末写真館 「9」ハイカラ館 「10」庭・母屋 他