高台寺
こうだいじ

鷲峰山(じゅぶざん)臨済宗建仁寺派


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2007年7月25日 作成


 高台寺は京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院山号は鷲峰山(じゅぶさん)、寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称する。豊臣秀吉の正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院であり、寺号は北政所の落飾(仏門に入る)後の院号である高台院にちなむ。



 釈迦如来を本尊とする禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格をもった寺院である。


台所坂
ねねの道から高台寺の境内へと続く道で、北政所は秀吉の
菩提を弔うためにこの道を往き来したといわれる

 豊臣秀吉が病死したのは 慶長3年(1598年)であった。秀吉の正室である北政所(ねね、出家後は高台院湖月尼)は秀吉の菩提を弔うための寺院の建立を発願し、当初は北政所の実母・朝日局が眠る康徳寺(京都の寺町にあった)をそれに充てようとしたが、手狭であったため、東山の現在地に新たな寺院を建立することになった。


高台寺開創4百年ポスター 豊臣秀吉像






高台寺塔頭全景図

高台寺略図



鐘楼 梵鐘 慶長年(1606)11年
 秀吉没後の権力者となった徳川家康は、北政所を手厚く扱い、配下の武士たちを高台寺の普請担当に任命した。中でも普請掛・堀直政の働きは大きかったようで、高台寺の開山堂には直政の木像が祀られている


庫 裏
 創建当時の高台寺の仏殿は前述の康徳寺の堂を移築・改造したものであり、方丈、茶室などは伏見城から移築したものであった。又、伏見城の化粧御殿が移築されて、北政所の居所とされた。


庫裏玄関「夢」
庫裏−拝観順路入口に位置する。内部は通常非公開。玄関から垣間見える「夢」と書かれた衝立が印象的である。


腰掛待合

貴芳庵(いほうあん)
 遺芳庵−方丈・書院の背後にある田舎屋風の茶室で、近世初期の茶人・灰屋紹益が夫人の吉野太夫をしのんで建てたものという。一畳台目の小規模な茶席で、炉は逆勝手向切り[1]とする。吉野窓と称する、壁一杯に開けられた丸窓が特色である。


「貴芳庵吉野窓」とにじり口が見える。

開山堂付近
 高台寺の西側にある塔頭(たっちゅう、付属寺院)の圓徳院がその跡で、北政所は慶長10年(1605年)から寛永元年(1624年)に没するまでここに住んだ。高台寺の開山は慶長11年(1606年)で、当初は曹洞宗の寺院であった。


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